長岳寺

今回、檜原神社の次は山の辺の道を北上して天理の石上神宮を目指しますが、檜原神社を西へ向かうと箸墓古墳(はしはかこふん)があるんですね。

そうです。邪馬台国女王の卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳です。ただ、南北に走る山の辺の道からは少し外れることになります。

箸墓へ行き古墳のまわりをぐるっと一周すると往復で約4キロメートル近く歩くので、1時間ぐらいは寄り道することになりますね。

このように、山の辺の道はメインのルートから外れたところにも見所が色々とあるんです。

なお、これらの見所はJR桜井線の各駅に近いので、天理駅まで歩かないでその駅を終点とするルートでもいいと思います。実際私は山の辺の道に何度も来ていますが、ルートのパターンは様々です。

例えば、ホケノ山古墳と箸墓古墳、そして纒向遺跡に行くのなら巻向駅を終点にしてもいいですし、三角縁神獣鏡が出土したことで一躍有名になった黒塚古墳なら柳本駅がすぐ近くです。

また、一般的な知名度は低いですが、長柄駅の近くには大和神社(おおやまとじんじゃ)があります。

山の辺の道・南(3)狭井神社から三輪山登拝、久延彦神社・檜原神社へ

にも書きましたが、大和神社の祭神の日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)は、天照大神と共に、第10代崇神天皇の時代まで、皇居内で祀られていました。

そしてその後、その神威を恐れた崇神天皇によって皇居外に祀られるようになり、天照大神は伊勢神宮の内宮に、日本大国魂大神は大和神社に鎮座しています。

ある意味、大和神社は伊勢神宮と並ぶ重要な神社だと言えるでしょう。実際、今でこそ当時の面影は見られませんが、昔は伊勢神宮に次ぐ広大な社領を得ていたそうです。

というわけで、大和神社は神社好きの方は勿論そうで無い方も、機会があればぜひ参拝してみてくださいね。とても厳かで素晴らしい神社ですよ。

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景行天皇陵と崇神天皇陵を見て大和王権(大和朝廷)成立について思いを馳せる

相撲神社への分岐

最初の目的地は景行天皇陵ですが、途中に相撲神社と大兵主神社への分岐があるので、寄ってみることにします。

纒向日代宮伝承地

このあたりは、第12代景行天皇の皇居とされる纒向日代宮(まきむくひしろのみや)の伝承地になります。

なお、今回は行きませんでしたが第11代垂仁天皇の皇居の纒向珠城宮(まきむくたまきのみや)はここから約800メートルほど西側にあります。そして、第10代崇神天皇の磯城瑞籬宮(しきみずがきのみや)は海石榴市の近くにあって既に先ほど行きました。

よって、10・11・12代天皇の皇居跡が山の辺の道にそってあることになります。

諸説ありますが、第10代崇神天皇は実在性が確認できる最初の天皇であり、初めて国を治めた天皇だと言われています。また、初代天皇の神武天皇と同一人物だという説もあります。

山の辺の道を歩くと、日本の国の始まりを色々と考えさせてくれます。

纒向遺跡を望む

西側(大和盆地側)を望むあたりが纒向遺跡になります。

纒向遺跡の説明

纒向遺跡はこのあたりの山麓から西側を望む地域一帯に広がっています。

相撲発祥の地

分岐点から200メートルで相撲発祥の地とされる相撲神社に到着です。

相撲神社

相撲神社です。かなり寂れていてとてもそんな由緒がある神社とは思えません。

力士の像

力士の像がありますが、何となく物悲しく感じます。探偵ナイトスクープのパラダイスに出てきそうです。

国技発祥の地の説明

この地において、野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)が垂仁天皇の前で相撲をとりました。よって、日本で初めて天覧相撲が行われた国技発祥の地とされます。

昭和37年には二横綱五大関をはじめ幕内全力士が参列して顕彰大祭が行われたそうですが、とてもそんなことがあったようには思えません。

相撲神社にある祠

相撲神社には、こんな小さな祠があるだけです。

大兵主神社の鳥居

そして、さらに歩いて大兵主神社へ向かいます。相撲神社はこの大兵主神社の摂社のようです。

大兵主神社の参道

大兵主神社に到着しました。

大兵主神社の由緒看板

大兵主神社(だいびょうずじんじゃ)は正式には穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)という名で崇神天皇60年に創建したようです。

公式ホームページがないので詳しくは分かりませんが、大和国において社格の高い重要な神社なのでしょう。

大兵主神社の拝殿

大兵主神社の拝殿です。古社としての風格が感じられます。そしてこの神社は秋の紅葉が有名のようです。

宮司さんのご自宅

すぐ近くに宮司さんのご自宅があるようですね。

山の辺の道から三輪山を望む

分岐点へもどり山の辺の道を北上すると、後方に三輪山が見えます。このあたりは、山の辺の道の風景としてよく雑誌やテレビなどに登場します。

ご当地ソングの女王こと水森かおりさんが歌う「大和路の恋」の映像でも流れていました。ちなみに、今回は知らなかったので行きませんでしたが、昨年(2016年)の6月、大和路の恋の歌碑が檜原神社すぐ近くの「わらべの里」に建てられたそうです。

檜原神社から2.3km

この場所は、檜原神社から2.3kmほどの場所になります。

景行天皇陵

第12代景行天皇が眠る景行天皇陵(渋谷向山古墳)に着きました。

墳丘約300メートル。日本で8番目の大きさの古墳です。築造時期は、古墳時代前期後半(4世紀中葉)と想定されています。

この景行天皇陵やこの後に訪れる崇神天皇陵のような巨大な前方後円墳を見ると、当時このあたりに巨大な大和王権(大和朝廷)があっただろうと想像を巡らすことができます。

先ほど訪れた皇居跡はあくまで伝承地であって考古学的な裏付けはありません。しかし古墳は、まさに本物がそこにありますので、その当時の息吹を少しは感じることができますね。

なお、山の辺の道は古墳の後ろ側(前方後円墳の後円側)の横を北上します。古墳の正面に行くには数百メートル西に向かわなければなりませんが、今回は時間が押していたこともあって横を通り過ぎるだけにしました。

崇神天皇陵

景行天皇陵から歩くこと約10分で第10代崇神天皇が眠る崇神天皇陵(行燈山古墳)に到着です。墳丘は約242メートルで日本で16番目の大きさになります。

そしてこの崇神天皇陵も景行天皇陵と同じく、古墳の正面に行くには数百メートル西に向かわなければなりません。なのでここでも横を通り過ぎるだけにしました。

ちなみに、第10代と12代の天皇陵がこの山の辺の道沿いにありますが、その間の第11代垂仁天皇の御陵は奈良市にあります。近鉄橿原線の尼ヶ辻駅すぐ西側にある宝来山古墳がそれで、電車からよく見えます。

山の辺の道安心トイレガイド

このトイレは崇神天皇陵南東側にあるトイレですが、山の辺の道の南コースはトイレが多くあります。そしてこの「安心トイレガイド」のように、次のトイレが何キロメートル先なのか書かれていたりと、とても親切です。当然、トイレもきれいですよ。

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長岳寺に到着

そして、山の辺の道南コースの中間地点にある長岳寺に到着です。この長岳寺のすぐ横には天理市トレイルセンターという休憩機能を伴った施設があります。

つい1か月ほど前の2017年4月9日にリニューアルオープンしたようです。

奈良・天理市トレイルセンターがリニューアル

長岳寺の案内看板

長岳寺は今から1200年前の平安時代初期、第53代淳和天皇(じゅんなてんのう)の勅願により弘法大師が創建した寺です。先ほど紹介した大和神社の神宮寺でもあったようです。

また、四季折々の花が咲く花の寺としても有名です。

春:桜(4月上旬)平戸つつじ(4月下旬から5月上旬)かきつばた(5月中旬)

夏:あじさい(7月上旬)酔芙蓉(9月中旬から10月下旬)

秋:もみじ かえで(11月中旬から下旬)

冬:やぶつばき

このような花や紅葉が楽しめます。

鐘楼門

上層に鐘が吊られていた遺構がある楼門で「鐘楼門」と呼ばれます。長岳寺の建物の中では唯一の弘法大師が創建した当時からの建物だそうです。

つつじがきれいでした。

本堂

本堂です。本尊である阿弥陀三尊像(阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩)と多聞天、増長天立像が安置されています。

大師堂

大師堂です。開基である弘法大師(空海)の像が安置されています。

長岳寺には他にも見どころがいっぱいあって、できればもっとゆっくりしたいのですが、今回は時間が押しているので先に進みます。

大和神社御旅所

しばらく歩くと大和神社御旅所(おおやまとじんじゃおたびしょ)に着きました。こちらは御旅所で大和神社はここから北西に約2kmほどの場所にあります。

毎年4月1日には、ちゃんちゃん祭りと呼ばれる神幸祭が行われ、大和神社を出発したお渡りの行列が御旅所まで向かいます。

御旅所坐神社

御旅所にある御旅所坐神社(おたびしょにいますじんじゃ)です。本社三神を祀ります。

歯定神社

御旅所坐神社の横にある歯定神社(はじょうじんじゃ)です。大己貴神(おおなむちのかみ)と少名彦名神(すくなひこなのかみ)を祀ります。

夜都伎神社

御旅所を後にし先へどんどん歩き、夜都伎神社(やとぎじんじゃ)に着きました。

夜都伎神社の由緒看板

夜都伎神社は春日四神の、

武甕槌命(たけみかづちのみこと)
経津主命(ふつぬしのみこと)
天児屋根命(あめのこやねのみこと)
比売神(ひめがみ)

が祀られています。

萱葺の拝殿

萱葺(かやぶき)の拝殿です。なかなか雰囲気がありますね。

社務所

社務所は人気がありませんでした。

畑の中の道

畑の中の道を進みます。日が傾いてきました。

石畳の道

石畳の道を登ります。ここは山の辺の道南コースの最後の踏ん張りどころですね。息があがります。

石上神宮に到着

石上神宮(いそのかみじんぐう)に到着しました。

山の辺の道を歩いて石上神宮に行く場合、鳥居をくぐりません。石上神宮で最初に私たちを出迎えてくれるのはニワトリです。

神のお使いニワトリ

石上神宮でニワトリは神のお使いです。

木に登るニワトリ

ニワトリは夕暮れが近づくと、イヤチやタヌキなどの敵に襲われないために木に登るそうです。そして、飛び上がれない烏骨鶏やレグホンは鶏舎で夜を過ごします。

山の辺の道の中間地点

石上神宮の境内が、山の辺の道南コース(天理-桜井間)と北コース(天理-奈良間)の分岐点になります。

夕暮れの廻廊

夕暮れの廻廊です。

夕暮れの拝殿

夕暮れの拝殿です。

大鳥居

大鳥居です。天理駅から石上神宮に行く場合はこの鳥居をくぐります。今日は逆なので鳥居をくぐって外に出ます。

山の辺の道南コースは、まだここから天理駅まで徒歩20~30分歩きます。

天理教の神殿

しばらく歩くと天理教の施設の横を通ります。右を向けば巨大な天理教の神殿が見えます。

南門

左を向くと、これもまた巨大な南門が見えます。

あとは、天理の商店街を抜けると天理駅に到着です。

ということで、山の辺の道の南コースはここで終了です。実は2日後に北コースも歩きましたのでこの後も続きます。

山の辺の道・南(1)桜井駅から海柘榴市を通り平等寺、大神神社へ

山の辺の道・南(2)大神神社は三輪山を御神体とする日本最古の神社です

山の辺の道・南(3)狭井神社から三輪山登拝、久延彦神社・檜原神社へ

山の辺の道・南(4)景行天皇陵・崇神天皇陵、長岳寺から石上神宮へ ←今ここです

山の辺の道・北(1)石上神宮は剣に宿る神霊を祀る奈良有数のパワースポット

山の辺の道・北(2)天理の街を抜け白河溜池(ダム)から弘仁寺へ

山の辺の道・北(3)円照寺から白毫寺、そしてゴールの奈良公園へ

山の辺の道・北(4)帯解駅から新薬師寺まで北コースの後半を歩く

山の辺の道・北(5)新薬師寺から春日大社へ!北コースの最後は観光客がいっぱい

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