三輪山

2017年のゴールデンウィーク、後半戦初日である5月3日の憲法記念日に、山の辺の道を歩いてきました。

山の辺の道は桜井から天理の南コースと天理から奈良の北コースがありますが、今回歩くのは南コースになります。

近鉄電車の桜井駅では、今日から5連休が始まるとあって、山の辺の道を歩くのだと思われる多くの人が下車しました。

なお、桜井駅へは大阪からだと大阪上本町駅から急行でおよそ45分前後です。特急は停まりませんので、特急に乗られた方は大和八木駅で下車し準急や急行に乗り換えてください。

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近鉄桜井駅を出発し山の辺の道南コースを歩きます

近鉄桜井駅

近鉄電車の桜井駅を午前9時40分に出発です。私はここからスタートしますが、大神神社からスタートするなど別の地点からスタートする場合はJR線を利用して最寄りの駅で下車することになります。

なお、JRの桜井駅は近鉄桜井駅のすぐ南側の徒歩2~3分程度のところにあります。ただし、電車の本数が少ないです。

1時間に2本もしくは多い時間帯で3本。少ない時間帯は1本しかありません。

駅前から見た三輪山

桜井駅の駅前からは三輪山が見えます。今から山裾にある大神神社へ向かいます。

大神神社はこんなところです。JR東海のCMですが大神神社の魅力がよくわかります。

桜井駅からは、まず北側に直進します。そして、案内標識にしたがって信号を右折し東に向かいます。

JR線の踏切を渡りセブンイレブンがある信号を左折です。

セブンイレブン

なお、このお店以降にコンビニは天理の石上神宮から天理駅に行く途中にファミリーマートが1件あるだけです。そして、石上神宮以降の北コースにコンビニはありません。

ちなみに、今回久しぶりに桜井駅を下車すると、以前本屋だった場所がファミリーマートになっていました。

というわけで、コンビニで購入したいものがある場合は、桜井駅前のファミリーマートかこのセブンイレブンに寄るようにしてください。ただし、2017年5月3日現在の情報なので今後どうなるかはわかりません。

歴史街道の案内標識

このセブンイレブンがある交差点には歴史街道による山の辺の道の案内がありますが、あまり目立っていませんね。

まず最初にここで道を間違える人が少なくないように思います。

海石榴市跡

日本に最初にできた市と言われる海石榴市(つばいち)があった場所に到着です。桜井駅からは市街地を歩いてきましたが、ここが本来の山の辺の道の起点となります。

海石榴市の案内看板

この場所で、北に向かう山の辺の道と長谷寺や伊勢神宮に通じる初瀬街道(はせかいどう)が交わっています。

そして、初瀬川(はつせがわ・はせがわ)の港から船で下れば大阪湾まで行くことができます。まさに交易の中心地だったんですね。

初瀬川

初瀬川は泊瀬川とも表記され万葉集でも多く詠まれています。

上流に行くと長谷寺があり、下流で大和川につながります。

仏教伝来の地

初瀬川のほとりにある仏教伝来之地碑です。海石榴市は日本で初めて仏教が伝わった仏教伝来の地でもあります。

仏教伝来の地の説明

欽明天皇13年(552年)、百済の聖明王から献上された釈迦仏の金剛像と経文を持った使節団がこの地に上陸しました。

なお、仏教伝来は552年説の他に538年説など諸説あります。

金屋の石仏

金屋の石仏(かなやのせきぶつ)です。

元々はこれから後で訪れる三輪山平等寺にあった仏像でしたが、明治初めの廃仏毀釈で破棄されそうになった時に村の人がこの地に移し安置しています。

釈迦如来と弥勒如来

仏像は右が釈迦如来で左が弥勒如来とされ、格子越しに見ることができます。

右斜め前へ進む

金屋の石仏を過ぎしばらくすると三差路があり、山の辺の道の案内標識で右斜め前の平等寺・大神神社へ進むように誘導されます。

三差路の案内標識

三差路の案内標識には、今訪れた「金屋の石仏・海柘榴市」と、これから訪れる「平等寺・大神神社」が書かれています。

なので、このまま平等寺・大神神社へ進む人が多いです。

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しかし、この地点で左を見ると、

磯城瑞籬宮跡への案内標識

磯城瑞籬宮跡への案内標識があります。

大和朝廷の始まりにおいて非常に重要な場所です。スルーしないで、ぜひ立ち寄ってください。

ほんの100メートルほど先です。行って戻ってもたいして時間はかかりません。

志貴御県坐神社

磯城瑞籬宮跡(しきみずがきのみやあと)は志貴御県坐神社(しきのみあがたいますじんじゃ)の境内にあります。

磯城瑞籬宮跡

どこにでもありそうな田舎の小さな神社です。

しかし、あくまで伝承ではありますが、この地が第10代天皇である崇神天皇の皇居跡なんですね。

初代天皇である神武天皇はこの地から10kmほど離れた畝傍山の山麓にある橿原宮で即位しました。

そしてその後、第10代崇神天皇の時代に四道将軍と言われる4人を北陸、東海、西道、丹波の4方面に派遣し地方の敵を帰順させたと言われています。

さらに、第12代景行天皇は九州へ遠征し、息子の日本武尊(やまとたけるのみこと)には西の熊襲や東国を征討させました。

考古学的な裏付けがないのであくまで伝承ではありますが、崇神天皇の時代にこの地において一地方王権であった大和王権が日本統一王権(大和朝廷)へ向かって進み始めたのでしょう。

なお、崇神天皇と景行天皇が眠る巨大な前方後円墳には、今日この後に訪れます。

志貴御県坐神社の拝殿

志貴御県坐神社の拝殿です。

主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)や天津饒速日命(あまつにぎはやひのみこと)など諸説あるようです。

三輪山平等寺

三輪山の山麓をさらに進み三輪山平等寺に到着です。

三輪山平等寺は聖徳太子の開基とされ、中興の祖である慶円上人の時代には三輪社奥の院として大いに栄えました。

しかし、明治政府により神仏判然令が出され廃仏毀釈が行われると、先ほど拝観した金屋の石仏など多数の仏像が持ち出された上に堂塔は破壊されたそうです。

その後、廃仏毀釈100年目にあたる昭和52年(1977年)に曹洞宗の寺院として復興し今日に至ります。

本堂

昭和62年(1987年)に再建され、本尊である十一面観世音菩薩や薬師如来、阿弥陀如来、地蔵菩薩、聖徳太子像がまつられています。

十一面観世音菩薩は聖徳太子の作として伝えられ、現在の像は平安時代に復元されたもののようです。

不動堂と二重塔釈迦堂

左が不動堂で右が二重塔釈迦堂になります。つつじがとてもきれいでした。

不動堂には弘法大師の作として伝えられる三輪不動尊と役行者、理源大師がまつられています。

二重塔釈迦堂は平成16年(2004年)に800年ぶりに再建されました。

大神神社に到着

大神神社に到着しました。

そのまま真っすぐ進むと拝殿にすぐ行けるんですが、もしお急ぎじゃないのであれば、以下の図のように左へ進みぐるっと回り道することをオススメします。

オススメのルート

緑色矢印が今来た道で、赤色矢印がそのまま真っすぐ進む道です。

私がオススメするのは青色矢印の道です。

ようするに、二の鳥居をくぐり参道を通って拝殿へ向かうルートになります。

なぜ、このルートをオススメするかと言えば、大神神社は二の鳥居からの参道がとても厳かでいい雰囲気なんです。そして、階段を上って縄でできた鳥居をくぐり拝殿に行くのですが、この階段から縄鳥居のあたりも神々しく美しいんですね。赤色矢印ルートでは「参道」→「階段」→「縄鳥居」をスルーしてしまいます。

ちなみに、上にあるJR東海のCMでは24秒あたりにこの階段から縄鳥居のところがちらっと映ります。

また、参道には祓戸神社があり、ここでまずお参りしたいのも青色矢印ルートをオススメする理由です。

回り道するといっても、二の鳥居まで約2~3分(ゆるやかな下り)、参道を歩くのに約5分弱(ゆるやかな上り)で合計で10分もかからないです。(祓戸神社で並んでいたら待ち時間は別)

前方に大鳥居

というわけで、前に進まず左へ進みます。前方に鳥居が見えますが、あれは大鳥居です。二の鳥居はもっと手前になります。

興味があれば大鳥居まで行かれてもいいでしょうが、二の鳥居からさらに10分程度はかかります。(往復で約20分)

なお、大神神社の大鳥居は高さ32.2メートルで日本一高い鳥居でしたが、2001年に高さ33.9メートルの熊野本宮大社の大鳥居に70センチ抜かれました。

ですので、2017年5月3日現在、日本で二番目に高い鳥居になります。

二の鳥居

二の鳥居前に到着しました。

山の辺の道・南(1)桜井駅から海柘榴市を通り平等寺、大神神社へ ←今ここです

山の辺の道・南(2)大神神社は三輪山を御神体とする日本最古の神社です

山の辺の道・南(3)狭井神社から三輪山登拝、久延彦神社・檜原神社へ

山の辺の道・南(4)景行天皇陵・崇神天皇陵、長岳寺から石上神宮へ

山の辺の道・北(1)石上神宮は剣に宿る神霊を祀る奈良有数のパワースポット

山の辺の道・北(2)天理の街を抜け白河溜池(ダム)から弘仁寺へ

山の辺の道・北(3)円照寺から白毫寺、そしてゴールの奈良公園へ

山の辺の道・北(4)←近日公開予定

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