奈良公園の浮見堂

弘仁寺を後にし、円照寺から白毫寺、そしてゴールの奈良公園へ向かいます。

円照寺は拝観できない寺なので横を通るだけですが、この後行く予定の白毫寺と新薬師寺は拝観時間がどちらも午後5時までです。

この時の時刻を正確に記録していなかったのでよく覚えてませんが、急がねば拝観時間に間に合わない時間だったと思います。

本来なら、同じく拝観時間が午後5時までの興福寺も行きたかったのですが、ちょっと時間的に無理そうです。

という訳で、急がねばならないのですが、弘仁寺から新薬師寺までの道は迷いやすいところが幾つかあるんですね。過去2回来た時は2回とも何ヵ所かで迷いました。

今回は何とか迷わずに行ければいいのですが、どうなることやら。

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山の辺の道の北コースは弘仁寺から新薬師寺までの間が迷いやすいです

弘仁寺の山門
弘仁寺の山門です。寺を出て振り返ったところになります。

奈良方面から来るとここから入ることになります。

次の目的地は円照寺

次の目的地は円照寺になります。

高樋中町のバス停

弘仁寺は小高い山の上にあってそこから下に降りると、当分の間は車が通るアスファルトの道を進みます。

車が通るような道なので飲み物の自動販売機があってもいいところなんですが、ほとんどありません。

この日は5月5日で真夏ではありませんが、そろそろ喉が渇いてきました。

そして、ようやく自動販売機が設置されているのが、高樋中町のバス停です。

自動販売機

自動販売機の品ぞろえです。南コースト違って北コースは飲み物をきちんと確保していなければ、途中で補充するところがほどんどありません。

円照寺と正暦寺の分岐地点

しばらく進むと、円照寺と正暦寺の分岐地点があります。ほとんどの人が正暦寺には行かずに円照寺方面へ進むと思われます。

正暦寺までは2.0kmなので行って戻ると約1時間ぐらいかかるでしょう。

なお、正暦寺へ私は行ったことありませんが、秋の紅葉が有名なお寺だそうです。

納戸原のバス停

納戸原のバス停のすぐ先の地点に間違いやすいところがあります。

ここを右折

ここを右折するのですが、以前来たときはこの標識を見逃してそのまま真っすぐ進みました。

車が通る広い道の場合、道路の左側を歩いている時に標識が右側にあると、見逃す場合があるんですね。

拡大した案内標識

拡大した案内標識です。真っすぐ進むと帯解駅方面です。ここでだいたい北コースの中間地点になります。

なので、北コースを半分だけ歩くのなら帯解駅をゴールにしてもいいでしょう。

鳥居

しばらく田畑の中の道を歩き、この鳥居をくぐり小高い丘を登っていきます。

竹林

竹林の中を進みます。写真はありませんが途中に太師堂があります。

手水舎

手水舎です。前に見えるのが円照寺の参道で右に曲がります。

円照寺

皇族や公家の子女が住職となる門跡寺院の円照寺(えんしょうじ)です。江戸時代の1641年に、後水尾天皇皇女の文智女王(大通文智)が草庵を結んだのが始まりとされています。

拝観できない寺院ですが、山門のところまでは行くことができます。

山の辺の道はこちら

円照寺を後にし、先へ進みます。

小高い丘を登りますが、山の辺の道の北コースは小高い丘を登って下るというところがよくあります。そしてその丘は竹林の場合が多いですね。

イノシシ防護柵

イノシシ防護柵です。南コースにはありませんが、北コースにはこのようなイノシシ防護柵や鹿の防護柵がところどころに設置されています。

次の目的地は白毫寺

次の目的地は白毫寺になります。

とてものどかな山の辺の道北コース

とてものどかな山の辺の道北コースです。小高い丘を登って下って田畑の間を歩きます。

山の辺の脇道

また、小高い丘を登ります。途中に「山の辺の脇道」とあるので進んでみます。

不動明王堂

通常の道がなだらかな登り下りなのに対し、脇道は、そこそこ急です。登り切ったあたりにあるのが不動明王堂です。

周辺地図と現在地

丘を下り、しばらく歩いたところに設置されていた周辺地図です。現在地は鹿野園町(ろくやおんちょう)付近になります。

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拡大した周辺地図

地図を拡大して文字入れしました。

基本的に山の辺の道は、ほとんどの部分が東海自然歩道と同じ道になります。しかしこの後、八阪神社を過ぎてしばらくすると、道は山の辺の道と東海自然歩道に分かれます。

地図の茶色の道が山の辺の道で、グレーの道が東海自然歩道になります。山の辺の道北コースには過去2回来たことがあるのですが、最初は東海自然歩道を歩き2回目は山の辺の道を歩きました。

ただ、数年前のことなので、どちらがどんな道だったか、ほとんど記憶にないんですね。

今回は、白毫寺に行く予定で、拝観時間終了が迫ってることもあり、東海自然歩道を歩くことにしました。

何故なら地図を見ると、山の辺の道で白毫寺に行く場合は、一度下って(A地点から下に)最後に登る(E地点から上に)ようなのに対し、東海自然歩道は山すそを進む(A地点からC地点)だけのように見えるので、こちらの方が早いかな。と思ったからです。

山の辺の道と東海自然歩道の分岐点

しばらく歩き、山の辺の道と東海自然歩道の分岐点(A地点)につきました。右側から来たわけですが、山の辺の道ならそのまま直進で、東海自然歩道なら右折することになります。

どちらに進んでも白毫寺へは行けますが、私は先ほど書いた理由で東海自然歩道に進みます。

雰囲気が変わる

舗装されていない山道を歩き、車が通る道を横切りさらに進みます。すると、ちょっと雰囲気が変わった場所を通ります。(B地点)

警告音声

いきなり上部からゴミの不法投棄に関する警告音声が流れました。ちょっとびくっとします。

これって以前来た時にあったかどうか、ちょっと記憶にありません。

道を間違っていないか、かなり不安になりますが、案内標識のとおりに進んでいるはずだし、とりあえずそのまま前に進みます。

白毫寺まで0.3km

前方に霊園らしきものが見え、(後で調べると寺山霊苑)そこには東海自然歩道の「白毫寺まで0.3km」の案内矢印(C地点)がありました。道は間違っていなかったようです。

白毫寺への石段

白毫寺へはもう少しです。石段を登ります。なお、時刻は午後4時20分頃でした。何とか間に合いましたが、新薬師寺はもう無理でしょう。

白毫寺の山門

白毫寺の山門です。剥がれ落ちた塀など独特のひなびた感じがいいですね。

本堂

本堂です。17世紀前半に白毫寺が再興した時に建立したようです。

阿弥陀三尊と聖徳太子二歳像などが安置されています。

宝蔵

宝蔵です。本尊の阿弥陀如来坐像や地蔵菩薩立像など仏像八体が安置されています。そしてその中で必見なのが閻魔王座像です。

そう。人が死ぬと地獄へ行くかどうかの裁きをする閻魔大王です。とにかく、かなりの迫力ですよ。

宝蔵は本堂と違って火災への対応がなされた建物のようで、重要な仏像は宝蔵に安置されているようです。

御影堂

御影堂です。

白毫寺の中興の祖である空慶上人がまつられています。

白毫寺からの展望

白毫寺はこの展望が素晴らしいです。興福寺の五重塔がよく見えます。

次の目的地は新薬師寺

白毫寺の参拝を終え、次の目的地の新薬師寺に向かいます。なお、この地点は白毫寺から西へ300メートルほど下った場所(E地点)ですが、途中の100メートルほど下った場所には今回白毫寺に来た時の東海自然歩道があります。(D地点)

拡大した周辺地図

ようするに、いったん東海自然歩道を進みましたが、また山の辺の道に戻ったということです。

なお、はじめて山の辺の道の北コースに来た時は、白毫寺の参拝後このD地点を右折し東海自然歩道に進んでしまいました。すると当然ながら新薬師寺からは遠ざかる一方だったんですね。ルートを戻すのに迷った記憶があります。

とにかく北コースは毎回色んな場所で間違います。けど、それはそれで楽しいかもしれません。

新薬師寺前にある案内石柱

新薬師寺前にある案内石柱です。

拝観終了

5時を過ぎてしまったので新薬師寺には入れません。この後、奈良公園を通ってゴールの近鉄奈良駅に向かいます。

浮見堂

奈良公園にある浮見堂です。白川ダムに続いて本日2回目の浮見堂になりますね。

興福寺の五重塔

興福寺の五重塔です。拝観時間を過ぎていても五重塔はすぐ近くで見ることができます。

ということで、山の辺の道の北コースはここで終了なんですが、実は2日後にまた北コースを半分だけ歩きました。

というのは、今回、北コースを歩く目的として新薬師寺の十二神将を見る。というのもあったんですが、かないませんでした。

なので、もう一度あらためて見にこようかな。と思った次第です。

というわけで、この後も続きます。

山の辺の道・南(1)桜井駅から海柘榴市を通り平等寺、大神神社へ

山の辺の道・南(2)大神神社は三輪山を御神体とする日本最古の神社です

山の辺の道・南(3)狭井神社から三輪山登拝、久延彦神社・檜原神社へ

山の辺の道・南(4)景行天皇陵・崇神天皇陵、長岳寺から石上神宮へ

山の辺の道・北(1)石上神宮は剣に宿る神霊を祀る奈良有数のパワースポット

山の辺の道・北(2)天理の街を抜け白河溜池(ダム)から弘仁寺へ

山の辺の道・北(3)円照寺から白毫寺、そしてゴールの奈良公園へ ←今ここです

山の辺の道・北(4)帯解駅から新薬師寺まで北コースの後半を歩く

山の辺の道・北(5)新薬師寺から春日大社へ!北コースの最後は観光客がいっぱい

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